2010年3月の記事一覧

2010年3月29日(月)

三宿でシャツカチ。

20100329昨年、取材でもお世話になった、ご近所のメンズハンカチ専門店『H TOKYO』さんから、ユニークなイベントの案内をいただいた。4/29~5/9の期間限定で、もう着なくなった不要なシャツを預ければ、その生地からオリジナルのハンカチを仕立ててくれるというものだ。その名も「シャツカチ」。


これは面白い企画だ! おまけに一着700円とリーズナブルで、別途刺繍も対応してくれるという(300円~)。年末の大掃除でけっこう廃棄してしまったような気もするが、僕もクローゼットを掘り起こしてぜひオーダーしようと思っている。


たとえば、長年愛用したシャツや思い入れの強いシャツであつらえたハンカチを恋人にプレゼント…なんてのも、洒落てるかもしれない。


http://www.htokyo.com/


2010年3月25日(木)

「大毅vs坂田」問題について。

20100319「亀田の次男坊は、今度はナニを揉めているの?」


最近、そう聞かれる機会が増えた。次男といえば今年2月、日本ボクシング史上初の“兄弟世界王者”を実現した亀田大毅のことだ。世間一般では内藤戦での反則騒動を挙げたほうがわかりやすいかもしれない。


何を揉めているのかを端的に解説するなら、「次は俺とやるルールのはずだ!」と息巻く坂田陣営に対し、「あんたのジムとは裁判中だからビジネスしない」と拒絶反応を示す亀田陣営、という構図。本来であれば坂田が対戦契約を結んでいた前王者・デンカオセーンに対し、巧妙に政治力を駆使して挑戦権を強奪、大毅が先に挑んで見事にベルトをかっさらった、というのが2月の試合の経緯であった。時のデンカオセーンの衰えぶりは顕著で、「誰とやっても次は負ける」とすら言われたオイシイ王者。まさしく油揚げをさらわれた形の坂田陣営としては、即刻、所轄のWBA(世界ボクシング協会)に猛抗議して、「デンカオセーンvs大毅の勝者は、坂田と戦うべし」との言質をとる。


坂田の所属する協栄ジムは、一時、亀田兄弟が属したジムであり、一連の反則騒動では金平会長の顔もすっかり売れた。しかし蜜月の期間は短く、現在はファイトマネー未払い問題で係争中、というのが前述の裁判らしい。玄人筋の所感は当初、「亀田は絶対逃げるでしょ」という論調が多数を占めていたが、ここへきて金平会長ブログなどから、条件交渉がスタートする気配が匂わされてもいる。順当なら夏頃、大毅vs坂田が実現、との噂も耳にした。


両者の遺恨が香ばしいスパイスとなりつつあるこの顔合わせだが、それなりに成長している今の大毅が坂田と戦うのは、純粋に好カードだ。実現へ向け、両陣営の奮起を望む。


2010年3月16日(火)

卒業式の思い出。

sotsugyou仕事でお世話になっている都内の某女子大にて、卒業式が執り行なわれた。今年は面識のある子が多かったので、ことさら感慨深いものがある。


しかし、毎年この時期に思うことだが、僕は自分の卒業式というのを、ほとんど覚えていない。小学校、中学校、高校…、いずれもちゃんと卒業式には出席しているはずだが1シーンたりとも記憶に残っていないのはどういうわけか。たぶん、生来の記憶力の悪さと、極端な愛校心の薄さの表れなのだろう。大学の卒業式に至っては出席することすらできなかった。といってもサボったわけではなく、ボクシングのプロテストとバッティングしたためだ。


幸い、プロテスト会場と学校は至近距離にあったので、一応スーツを着用して会場入り。計量後、すぐにジャージに着替えてリングに上がり、テストを終えるなり再びスーツ姿に。式はすでに終わっていたが、学校の事務室で卒業証書だけは受け取った。味気ない、とは思わなかった。精神状態はそれどころではなかった。実技テストの出来に満足できず、激しく落ち込んでいたからだ。練習でやってきたことの半分も出せなかったのではないか。再来週には新社会人として働き出す身ゆえ、今回落ちても再受験は叶わないだろう。ボクシングはこれで終わりにするしかない。悔しさで声が震えたが、精一杯の声を振り絞って所属ジム会長にお礼を言った。高校時代から面倒を見てくれた、人生の師でもある。


翌日、あらためて辞意を伝えるべく、会長に電話をかけた。「――合格おめでとう」。何を言われたのかすぐには理解できなかった。しかし、会長は自信に満ちた声で言葉を継ぐ。「ま、こんなもんだろ」と。今までお世話になりました、という用意していたセリフは出てこなかった。“辞め時”を見失った僕は、今日もせっせとサンドバッグを叩いている。今年でキャリアは19年目に突入だ。


唯一出席できなかった大学の卒業式の日だけが、そんな忘れられない思い出として刻まれているのは、なんだか皮肉だ。


2010年3月8日(月)

パートタイム自衛官の結婚。

utunomiyaこの週末、創刊当時からお世話になっている週刊フリーマガジン『R25』の編集U氏が、めでたく挙式をあげた。ここ数年、ウェブでやらせてもらった3つの連載「あわよくば出世する技術」「村おこしの経済学」「ビジネスマン身だしなみ講座」は、どれもこのU氏に担当してもらったものだ。


そのU氏、細かな事情は僕もよく存じ上げないのだが、陸上自衛隊に所属しつつR25で編集者を務めると言う、ユニークな二足の草鞋を履いている。編集職はまぁ、フリー契約が普通にまかり通る世界なので理解しやすいのだが(むしろこのご時世、正社員は少ない)、自衛隊ってのもそういうことが可能な組織らしい。


そんな新郎だからゆえ、パーティー会場にはなかなかバラエティに富んだ顔ぶれが集まった。ライターや編集者とは明らかに毛色の異なる無骨な面々。彼らによる余興が非常に盛り上がった。ただ行進して敬礼して去っていくだけのパフォーマンスではあるのだが、迷彩服に身を包み、模造銃を振りかざす陸上自衛隊隊員たち。その後ろで、自衛官らしくピンと背を張って立っている新郎のなんとカッコイイことよ。


夏を迎える前には第一子誕生の予定もあるダブルハッピー。どうかお幸せに。 


2010年3月1日(月)

後楽園ホールにて想う。

20100226ちょっとしたご縁で、ノンフィクション作家・河合香織氏の取材に同伴。その一環で後楽園ホールに久々に赴いた。


『セックスボランティア』で名を売った河合氏が、我らがボクシングの世界に紐付いたテーマで筆を揮うこと自体、大変に興味深いが、これは改めてボクシングのマイナーさを痛感する機会でもあった。日頃、こうした競技と接点を持たない河合氏からすれば、客席の多くが選手やジムの関係者で占められ、目当ての試合を終えると、メインイベントを残しつつもサッと客足が引く様子はなかなか物珍しかった模様。


もちろん、チケットがプラチナ化するほど集客する興行だって珍しくない。しかし、この日の興行は若き日本ランカーの調整試合8ラウンドをメインに据えた、いかにも“ツウ好み”の構成。客入りは決して良いとは言えなかった。


単純計算すれば、8試合で出場選手は16人。それぞれに30人前後の関係者(親兄弟、同僚、友人…etc)がつけば、それだけでもう500人ほどの客足となる。そこに僅かなマニア層や業界関係者を加えれば、ちょうどこの日くらいの人出だろう。タイトルの懸らない無冠戦興行の規模としては、まぁアベレージとも言える。


これを、同人誌的モデルと嘆くべきか。それとも、既存の関係者だけでもギリギリ保てる優良モデルと解釈すべきか。いずれにせよ、プロボクシングが持つ経済市場はとてつもなく小さいのが現実だ(もちろん、業界は新規ファン開拓に躍起になっているのだが)。


最近、イヤな話も聞いた。複数のボクサーが登場するノンフィクション書籍が、実は登場する各選手に、「1人あたり○○○冊買い取り」というノルマを課して成立させているというものだ。複数の著作を著してきた身として、ボクシング関連企画の実現に多大な苦労を要することは重々理解している。文芸作品の主役を張る稀有な経験を、ボクサーそれぞれが「買った」と考えれば、誰もが気分の良い素敵なモデルと言えるかもしれない。しかし、それならばなぜ、一部で不平不満の声が挙がっているのか…。


著者を直接知らないので、正確なことはわからない。だから実名も書名も挙げない。ただ、そこにもし、人の自己顕示欲につけ込んだ強引な手法があったなら、やはり一人の出版人として気持ちの良いものではない。物書きの自己満足ならウェブでやればいいのだ(このブログのように)。