この週末、創刊当時からお世話になっている週刊フリーマガジン『R25』の編集U氏が、めでたく挙式をあげた。ここ数年、ウェブでやらせてもらった3つの連載「あわよくば出世する技術」「村おこしの経済学」「ビジネスマン身だしなみ講座」は、どれもこのU氏に担当してもらったものだ。
そのU氏、細かな事情は僕もよく存じ上げないのだが、陸上自衛隊に所属しつつR25で編集者を務めると言う、ユニークな二足の草鞋を履いている。編集職はまぁ、フリー契約が普通にまかり通る世界なので理解しやすいのだが(むしろこのご時世、正社員は少ない)、自衛隊ってのもそういうことが可能な組織らしい。
そんな新郎だからゆえ、パーティー会場にはなかなかバラエティに富んだ顔ぶれが集まった。ライターや編集者とは明らかに毛色の異なる無骨な面々。彼らによる余興が非常に盛り上がった。ただ行進して敬礼して去っていくだけのパフォーマンスではあるのだが、迷彩服に身を包み、模造銃を振りかざす陸上自衛隊隊員たち。その後ろで、自衛官らしくピンと背を張って立っている新郎のなんとカッコイイことよ。
夏を迎える前には第一子誕生の予定もあるダブルハッピー。どうかお幸せに。
ちょっとしたご縁で、ノンフィクション作家・河合香織氏の取材に同伴。その一環で後楽園ホールに久々に赴いた。
『セックスボランティア』で名を売った河合氏が、我らがボクシングの世界に紐付いたテーマで筆を揮うこと自体、大変に興味深いが、これは改めてボクシングのマイナーさを痛感する機会でもあった。日頃、こうした競技と接点を持たない河合氏からすれば、客席の多くが選手やジムの関係者で占められ、目当ての試合を終えると、メインイベントを残しつつもサッと客足が引く様子はなかなか物珍しかった模様。
もちろん、チケットがプラチナ化するほど集客する興行だって珍しくない。しかし、この日の興行は若き日本ランカーの調整試合8ラウンドをメインに据えた、いかにも“ツウ好み”の構成。客入りは決して良いとは言えなかった。
単純計算すれば、8試合で出場選手は16人。それぞれに30人前後の関係者(親兄弟、同僚、友人…etc)がつけば、それだけでもう500人ほどの客足となる。そこに僅かなマニア層や業界関係者を加えれば、ちょうどこの日くらいの人出だろう。タイトルの懸らない無冠戦興行の規模としては、まぁアベレージとも言える。
これを、同人誌的モデルと嘆くべきか。それとも、既存の関係者だけでもギリギリ保てる優良モデルと解釈すべきか。いずれにせよ、プロボクシングが持つ経済市場はとてつもなく小さいのが現実だ(もちろん、業界は新規ファン開拓に躍起になっているのだが)。
最近、イヤな話も聞いた。複数のボクサーが登場するノンフィクション書籍が、実は登場する各選手に、「1人あたり○○○冊買い取り」というノルマを課して成立させているというものだ。複数の著作を著してきた身として、ボクシング関連企画の実現に多大な苦労を要することは重々理解している。文芸作品の主役を張る稀有な経験を、ボクサーそれぞれが「買った」と考えれば、誰もが気分の良い素敵なモデルと言えるかもしれない。しかし、それならばなぜ、一部で不平不満の声が挙がっているのか…。
著者を直接知らないので、正確なことはわからない。だから実名も書名も挙げない。ただ、そこにもし、人の自己顕示欲につけ込んだ強引な手法があったなら、やはり一人の出版人として気持ちの良いものではない。物書きの自己満足ならウェブでやればいいのだ(このブログのように)。
太子堂の裏手に「下の谷商店街」という、非常に味わい深い通りがある。地誌によれば関東大震災後に生まれた長い歴史を持つ商店街らしく、昭和中期にはアメ横並の賑わいを見せていたという。
現在はご欄の通り。むやみに「寂れた」という表現を使いたくない、雰囲気のあるストリートだ。
この一角に建つ「カフェ下ノ谷」で、知人のイラストレーター嬢がイベントを催した。「カラフリル」と題されたミニ個展。彼女が徹夜でこしらえたスイーツを客に振る舞いつつ、壁に飾られたイラストアートを堪能し、消しゴムはんこづくりや鼻笛演奏の体験までできるという、なんだか良くわからないけど幕の内弁当的な楽しさを擁した、不思議な穴蔵であった。
雑然としてはいるが、決して猥雑ではないこの街にふさわしい意欲的な空間。やはりクリエイターはこういうことをやっていかなければ。ぜひ定期的に開催して、刺激をいただきたいものだ。
フランス大使館で開催中のアートイベント、「No Man’s Land」に行ってきた。
会場として使用されたのは、新館の建立によって取り壊しが決定している休館。あとは壊すだけだから、何をどういじくっても構わない。そんな条件をコンテンポラリーのアーティストたちに与えたら、こういう規格外の空間が出来上がるのは必然と言える。
参加したのは日仏のアーティスト70人。写真メインの展示、オブジェメインの展示、一見では単なるガラクタの山、意図の読めない謎の造形物…、これぞ現代アートの醍醐味。本来は1月末で閉幕の予定であったが、好評の声を受けてか、結果として2月18日まで延長された。
不思議なことに横浜トリエンナーレほど行政の介入を感じさせず、金沢21世紀美術館ほど小慣れていない。与えられた制約なきキャンバスの奔放な暴れっぷりは見事。取り壊すなんてもったいないが、有限であることもまた、今回の作品の彩りなのかも。
10年来の友人たちと、水道橋駅前の居酒屋で数年ぶりの宴を催した。メンツは4人。僕が最年少、最年長はおよそ50歳で、仮にK氏としておく。
このK氏、ボクシング界ではけっこうな名物男で、若かりし頃から「ボクシングを観る」という行為に、時間もお金も情熱も惜しみなく投じ続けて現在に至る。同好の士とはありがたいもので、一回り以上も年齢差がありながら、親友と呼べる間柄がかれこれ15年近くも続いている。
ボクシング会場での動画撮影が許されていた時代には、観戦するすべての試合を収録してストックし、ムービーカメラの持ち込みが制限されるようになってからは、スチール写真を撮りまくっているK氏。それらの作品の多くはウェブ上で公開され、選手や関係者、ファンを喜ばせ、やがてK氏は業界で重宝される存在になった。このK氏のファンというのもきっと少なくないと思う。僕自身もボクシング関連記事を手がける際に、何度となく彼の写真のお世話になっている。低予算ゆえ謝礼を支払えないケースが大半だが、常に二つ返事で写真の使用を許可してくれるK氏は、その寛容な性格とともに、ボクシングへの深い愛情を感じさせる。ボクシング振興のために、少しでも自分の写真が役立つなら…というスタンスが、明言されずとも見て取れるのだ。
ほどなく50歳を迎えようとする今日も独身でいるK氏。かといって色恋に枯れた日々を送っているわけでは断じてなく、むしろお盛んな部類だろう。この日も水道橋の宴席で、「じつは今、ちょっと気になってる女性がいる」と言い始めたのだから、我々としては格好の肴を与えられた形である。「どんな人ですか?」「今ここに呼びましょう」「電話してください」のコールに押され、意中の女性に電話をつないだK氏。酔っ払っているくせに、まずは穏やかに先方の近況を尋ねる紳士ぶりは、さすが年の功と感心したものだ。
ところが。どこでどういうスイッチが入ったのかは不明だが、K氏は我々を目の前に、ビール片手のまま相手の女性に「愛の告白」を実演。これには3人揃ってぶったまげた。もちろん悪ふざけ、悪ノリの類いではなく、口調は誠実そのもの。K氏らしさあふれる求愛行動であった。想いは相手にちゃんと伝わったのではないかと思う。
その場で回答を得ることはできなかったようで、即祝杯というわけにはいかなかったが、こんな50歳の存在は、同じ男子として大変に心強い。K氏の挑戦は今なお続行中だ。我々は吉報を心待ちにしている。
首都圏は2年ぶりに1センチの積雪。さすがに街に人が少なく、底冷えがする。
今夜は久しぶりの「赤鬼」で、K談社のM氏と一献。全国の銘酒を潤沢にそろえた居酒屋で、思えば三軒茶屋に越してきた当初から、いろんなところで「もう赤鬼には行ってみた?」と声をかけられたものである。新米住民としては、あまりにほうぼうで店名を出されるものだから、「よほど素晴らしい店なのだろうな。これは通い詰めねば…」と静かに燃えたのを覚えている。実際、お酒も魚も抜群に美味いし、何よりも店内にいる誰もが、笑顔で美味そうに酒を喰らっているのがいい。
しかし、さすがは東京中に名を轟かせる名店。ふらりと立ち寄って席が空いてる日なんて、ほとんどない。何度もトライしているうちに、他にもお気に入りが増えてきて、いつしかあれほど焦がれた「赤鬼」にこだわらなくなっていた。今夜はM氏が予約を入れてくれて、降雪予報の影響もあったのかスムーズに入店が叶った。
…と、ここまで書いて突然思い出した。前回「赤鬼」へ行った時、たしか店内で写真を撮ったはずだ。ハードディスクをあさる。あっさり発掘。タイプスタンプは2006年2月3日となっている。ちょうどぴったり、4年ぶりにこの店を訪れたわけだ。背景にある内装や壁のメニュー表などは、今の赤鬼と何も変わっていない様子。この4年、さして変化も成長もしていないのは僕も同じである。
年が明けてからこっち、快調な読書ペースを維持している。大半は書評業で必要を迫られた作品ばかりだが、それでも“積ん読”解消にも十分な時間をあてられている。やはり仕事上の強制読書だが、まだ本になる前のゲラ数本を含めたら、今月は相当な量を読めた。
読書量の低下は、昨年の大きな反省点のひとつであった。というより三軒茶屋に居を移してからは、日常の移動時間が軽減されたメリットと引き換えに、以前のペースで読書時間を確保することが困難になっている。横浜在住時代はどこへいくにも小1時間の移動時間を必要としたから、文芸書だろうが雑誌だろうがゲラだろうが、ハイペースで消化することができたのだが。移動が減った分は、どうしても読書ではなく作業時間に還元されてしまう。一長一短とはこのことだ。
思えば去年は、車の利用率も高かった。車検のタイミングで不調箇所をすべて改修したものだから、そのもとを取るかのように乗りまくった(使えば使うほどコストがかかる乗り物なのに、妙な思考だが…)。高い駐車場代を毎月機械的に支払い続けているのだから活用するに越したことはないが、マイカー乗車率の向上と読書量の低下幅が見事に一致しているのはひとつの発見。これは仕事柄、意外と大事な今年の課題だ。
歌舞伎町の某上海料理店で催された新年会。気の置けない仲間との宴はひたすらに楽しく、なんだか今年も笑って過ごせそうだなと安心する。
中華系のお店では、青島ビールが欠かせない。じつは、ビールの中で一番愛しているのがこの銘柄だ。ちょっと前までは、三宿交差点そばのコンビニ「新鮮組」に常備されていたのだが、同社がローソンに買収されると、青島ビールは新鮮組の看板ごとキレイさっぱり消え去ってしまった。これは悲しい出来事だった。
一方で、アサヒビールが青島ビールとの提携強化に乗り出したのは記憶に新しい。アジア戦略上の要石を得た形だが、なんとか日本国内における青島ビール流通強化を……という発想に結びつかないものか。同好の士を探してみようと、試しにmixiの「青島ビール」コミュニティにアクセスしてみた。この広いmixiネットワークの中で、参加者はたったの46名…。
そもそも愛飲者が国内にいないのであれば、やむを得ない。これまで同様、地道に布教活動を続けるほかない。とりあえずまずは、47つめの席をいただくことにした。
珍しく、初詣らしい初詣をした。鎌倉、鶴岡八幡宮にて。おみくじを引くのは今年2度目であったが、正月に引き続き「末吉」だった。2回言われりゃ、そんなものなのかなと思わざるを得ない。
神奈川県出身なので、鎌倉は何かと思い出深いスポットだ。大学時代はバイト終わりに仲間と深夜のドライブにやってくることもしばしばだった。昼間人口のわりに駐車スペースが不足気味な街なので、日中こうして遊びに来る機会は意外と少ないのだが、やっぱり独特のムードが気持ちいい。
鎌倉といえば、鎌倉時代をモチーフとした『黄蝶舞う』を上梓したばかりの浅倉卓弥氏(『四日間の奇蹟』がつとに有名)に、瑞泉寺と覚園寺を勧められたばかり。いずれも道中の鬱蒼とした雰囲気がいかにも鎌倉らしく、絶好の散歩スポットなのだとか。この日はお参りだけしてさっさと新年会に流れてしまったが、もう少し暖かくなったらあらためて散策したいもの。
ところで、鎌倉市は30代市長が誕生したばかり。世界遺産の登録推進、ぜひ頑張ってほしいが。
日本ボクシングコミッション(JBC)による2009年の年間表彰の全容が明らかになった。内藤人気を含めた一連の亀田狂騒曲の背後で、玄人好みの本格派スタイルで快調に防衛ロードを歩んできたWBC世界バンタム級王者・長谷川穂積も、ようやく一般に知られ始めている。今年は3度の防衛戦をこなし、いずれも早いラウンドでのKO勝利。通算防衛回数は「10」に伸び、もはや昨年に続くMVP授与に異論の余地は微塵もない。
リミット53.52kg。バンタム級というのは日本人にとって思い入れの強い階級と言える。かつてファイティング原田や辰吉丈一郎といった国民的スターが闘った階級であるし、あの「矢吹ジョー」だってバンタム級のボクサーだ(ちなみに幕之内一歩は2つ上のフェザー級)。世界的には軽量級に属するが、だからこそ小柄な日本人が世界の第一線で本領を発揮しやすく、過去に数多の名勝負を創りだしてきた。
かくいう僕も、じつはバンタム級でプロボクサー・ライセンスを取得した過去がある。もう12年も前のことだ。当時、まだまだ筋量が足りなかった身体は、師匠であるK会長をして、「お前はスーパー・フライ級(※バンタム級のひとつ下)のほうがベストじゃないか?」と何度も指摘されたものだが、一丁前にバンタム級へのこだわりを押し通してJBCに受験票を提出したのを、まるで昨日のことのように覚えている。
自営業の利点で、今も昔とそう変わらない頻度でジム通いを続けている(練習量、内容はだいぶ違うが)。その甲斐あってか、大酒飲みのわりに腹が突き出ることはないが、それでも53.52kgははるか遠い。現在の平常時の体重は約65kg。ここからバンタム級リミットを目指すのは、長谷川穂積の減量幅とほぼ同じである。……ちょっと、やってみようか。もしかすると、苦しい減量の果てには、稀代のスーパースターと同じ世界が垣間見えるかもしれない。
……いやいや。日々の業務や社交に影響が及ぶこと請け合い。せめて、年内に1度だけ50kg代に落としてみる、というくらいにしておこう。それだって、なかなか大層な目標なのだが。
写真は新年早々、ナックル部分が激しく破れてしまったマイ・グローブ。さっそく新調して、ウエイト50kg代を目指して気合を入れ直そう。
正月を惜しむ間もなく、年初のお楽しみのひとつにしているのが、直木賞と芥川賞の候補作発表だ。
純文学は専門外なのだが、今回の芥川賞選考はちょっと面白い。個人的にデビュー時から注目している羽田圭介が、一昨年以来2度目のノミネートを果たしたからだ。報道を見るかぎり、話題は兄弟で合作する珍しいスタイルの作家、大森兄弟(…というペンネームです)でもちきりだが、メタ要素とミステリー要素を兼ね備えた怪作『黒冷水』を17歳で書き上げてデビューした羽田圭介も、今年ではや25歳になる。僕にとっては常に予測と異なる方向へ筆を走らせてくれる作家で(二作目『不思議の国のペニス』などはその最たるもの)、きっかけひとつでブレイクの可能性十分だと思うがどうか。
直木賞の候補者はほぼ面識のある方々で占められた。ノリにノッている辻村深月、道尾秀介の両気鋭に期待したいが、順当なら佐々木嬢なのか? わからない。毎回、直木賞の選考は芥川賞以上に予想がつかない。数年前、選考委員を務める某先生に話を伺った際、「直木賞は作品ではなく人に与えるもの」と明言された。つまりノミネート作品の質や内容云々で考えることは、楽しいけれど意味がない。そうなると…、脂の乗りきった池井戸潤の受賞が濃厚? うーん、やっぱりわからない。
数年前、10人の小説家に小説家になった経緯を聞いて一冊にまとめて以来、このジャンルの文章家の栄枯盛衰をウォッチすることがライフワークになった。14日の選考を楽しみに待ちたい。
元日は未曾有の二日酔い状態で迎えるはめになった。大晦日の晩、ビールや焼酎や泡盛を何杯かやったが、いつもと比べて飲みすぎた感もなく、なぜこれほど獰猛な二日酔いに襲われているのか、疑義満載のままひたすら唸される。
ちょっと調べてみたところ、二日酔いの原因というのは現代医学をもってしてもいまだ解明されていないらしい。が、とにかく体内のアルコールを抜くことが一番の良策だという。吐いてしまえば楽になるから、と酔漢をいたわるお決まりのフレーズは間違いではない。
ところが、もともと悪酔いするたちではなく、吐くことに慣れていないものだから、のどに指を突っ込んで……という行為になんだか抵抗感がある。というか、恣意的に嘔吐できる気がしないのだ。ただただ、時折むっくり起き上がって水分を補給し、排尿し、再び布団で突っ伏すことを昼まで繰り返していた。そうこうしているうちに、この謎の二日酔いは神様からの警鐘かな、と思うようになった。昨年は年間350日くらい飲酒してしまったから、「オイ。飲み過ぎだぞ」と。今年の課題にしよう。
ともあれ、頭痛が去るのをじっくり待っていられるのは、やっぱり正月のいいところだな、と思う。
さて、写真は横浜である。転勤族一家に生まれたために、出身地を厳密に特定することが難しいのだが、まぁ八割方の幼少期を過ごした横浜の山間の出、ということにしている。今年は珍しく、故郷・横浜で年を越した。もっとも、写真のような瀟洒なみなとみらいの街をもって「故郷」などと言っては怒られそうだ。横浜市青葉区の片隅にある我が実家近辺は、11歳の頃、野生のイノシシが出没したこともあるド田舎である。…ただし、さすがにこの時は新聞沙汰になった。三軒茶屋から電車でほんの20分ほどの街での出来事だから、それも当然かもしれない。

2009年が間もなく暮れる。手元の作業ベースでいうなら、毎年とくに仕事納めも仕事始めも関係ないのだが、やはり「今年最後」のフレーズは随所で意識させられる。
ちなみに、今年最後の取材テーマはハンカチだった。
ちょっと宣伝込みだが、R25.jpで連載中の『ビジネスマン身だしなみ講座』。ネイルサロンへ行ってみたり、自分に似合う色を探ってみたり、オーソドックスから少しだけ目線をずらした身だしなみ論を毎週書き綴っている。あらためてハンカチの常識を知る――というテーマは、その一環だ。
メンズハンカチについてレクチャーいただける識者を探していたところ、グーグル先生が教えてくれたのがメンズハンカチの専門ショップ『H TOKYO』さん。誰しも多忙な師走ゆえ、すぐに電話をかけて取材を申し込む。…と、よくよく住所を見てみれば、なんと我が家の目と鼻の先ではないか! 三宿の交差点を学芸大学方面に直進、2分ほどの場所である。ほんと、三軒茶屋界隈には多彩なお店があって楽しませてくれる。
良い機会なので、しばしば仲間内で話題にあがってきた、「洗濯後のハンカチにはアイロンをかけるべきか否か!?」という素朴なギモンについても、レクチャーしてもらってきた。公開は年明け2週目水曜日の予定。

三軒茶屋に根を張るようになってから、早いもので6年目に突入する。
大学卒業後、2年の会社員生活を経て独立。年を跨げば物書き稼業は12年目だから、キャリアの半分を三軒茶屋で費やしたことになる。
以前、某新聞社の仕事で三軒茶屋の地誌を洗ったことがある。その名の通り、江戸時代に3軒の茶屋が建ち並んでいたことが地名の由来だ。今で言う、国道246号線から世田谷通りに分岐する三叉路付近がその中心である。
かつては大山参詣を目指す旅人にとっての重要拠点であり、現代は渋谷、下北沢、そして神奈川方面を結ぶ中心地点。今も昔も多くの人が行き交うことで、自ずと今日のにぎやかな街並みが形成されたわけだ。
いわば交差点が育んだ三軒茶屋の文化。それはそのまま界隈に住まう人々にも当てはまるように思う。
僕自身、2004年に住居をこの地に移して以来、本当に数多くの人々と出会い、様々な出来事に直面してきた。そのどれもが、フリーライターとして肥やしとすべき貴重な糧である。
ぼちぼち、独立から干支も一周りすることだし、2010年は何か新しいことを始めたい――。
そう考えていた矢先にお声かけいただいた、この「BRASH」の舞台を運んでくれたのも、三軒茶屋で出会ったMさん、そして三軒茶屋に暮らすUさんのご両名なのだ。
これから先も、きっとここに書き留めておきたくなる様々な出会いがあるのだろうと、僕は期待している。
(※写真は三茶のシンボル・キャロットタワー展望室からの風景)