000忘年会ラッシュを終えたと思ったら、肝臓を休める間もなく新年会に忙殺される日々。


なかには忘年会も新年会の両方で顔を合わせるメンバーも少なくなく、結局いつものように呑んだくれているだけなのだが、これがまた愉しい。


今年もどうせ飲みっぱなしなのだろうけど、1月も中旬に差し掛かり、「新年会」の名を冠する飲み会は粗方片付いた。しばし心身のリペアに努め、本腰を入れて懸案の書籍を書き上げたい所存。さあ、どんな1年になるのかな?


saikomarason年越しは河口湖畔のペンションで過ごした。これを優雅と受け取る知人もいるけれど、どちらかと言えば妥協して近場で済ませてしまった感が強い。遠方の温泉地で、純和風の正月を迎える選択肢を取るには、仕込みが直前に過ぎた。


とは言え、富士山の麓で迎える正月というのはやっぱりオツである。昨年はジムワークを頑張ったおかげか、代謝が上がっているので例年より体感的に寒さを感じない。いつもならここらで1度風邪をひくのがパターンだが、今年はそれもない。やはり、体づくりは大切だと実感。


というわけで、一年の計がある元日には、西湖一周マラソンを敢行した。…河口湖ではなく小ぶりな西湖をチョイスしたのは、それこそ妥協以外の何物でもないのだが。


それでも、ほのかな筋肉痛を伴う正月休みというのは、どこか心地いい。10キロほど走ったあとだから、晩の酒がますます美味い。きっと、今年も飲兵衛な1年になるのだろう。健康にだけは常に配慮しておきたい。


nagoya仕事で訪れる機会は多いのに、最近はなかなかじっくり満喫する時間を取れなかった名古屋へ、久しぶりにプライベートで行ってきた。名古屋城なんて、下手をすれば20年ぶりくらいだ。


主目的は今夏で90歳になった祖父のお見舞いだが、これは脱腸の手術を受けたもので生命に別状はない。まだまだ長生きしてくれそうな様子の祖父は、実は硫黄島の生き残りでもある。退院したら、あらためて戦時の体験談を詳しく聞いておきたいものだが。


今回の旅の最大の収穫は、15年くらい前に生き別れた叔母と、ひょんなことから再会できたことだ。もう会えないはずの人だったのに、本当に人生は何があるかわからない。なので、久々に吐くまで飲んだ。


ところで、名古屋に滞在していた3日間、僕らのバンドがテレビで流れたらしく、いろんな人から「見たよ!」というメールがひっきりなしに届いた。僕は見逃してしまった。でも来月また別の番組で取り上げてもらえるみたいだから、今度こそ楽しみにしておこう。


100923_101132『Tommy Hilfiger』が創立25周年を迎え、日本でもキャンペーンを展開中。「The Hilfigers」なる大家族をシンボルキャラ化し、表参道界隈を練り歩く一家の旅を撮影するもので、ゲリラ的な撮影風景は絶大なインパクトを撒き散らすことだろう。


今回、この撮影現場にBRASHクルーが同行するというので、僕も急きょ参加させてもらうことに。


…ところが、朝一番で青山の『Royal Garden Cafe』に参上した途端、獰猛な豪雨で撮影はいったん休止。店内に場を移して何とか撮影を続けるものの、よりによってのこの悪天候は、撮影スタッフの皆さんを大いに悩ませたはずで、心中察するに余りある。


それはともかくとして、今回の現場、出版畑の僕にとっては稀に見る大掛かりなものであった。『Tommy Hilfiger』製の白シャツに身を包んだ撮影部隊はそれだけで絵になるし、サプライズ的に臨場する「The Hilfigers」の皆さん、さらに加えて彼らの姿で彩られたアドトラックが街中を駆ける今回のキャンペーンは、あらためてブランドの存在感をアピールするのにうってつけの策だっただろう。三軒茶屋にも立ち寄っていただければ尚良かったのに!


ちなみに、キャンペーンの詳細はコチラに。当日の様子も『Tommy Hilfiger』のキャンペーンサイトで公開されるはずなので、どうぞお楽しみに。

sendai五体不満足の乙武君に誘われて、3日間ほど仙台へ遊びに行ってきた。出張では訪れる機会の多い街だが、徹底的に街を遊びつくそうという機会は意外とない。これが僕の夏休み。


さすがに彼はグルメで、初日晩の牛タン、2日目昼の寿司、2日目晩の牛タン、3日目昼の牛テールラーメンと、いずれもこれまで噂すらキャッチできなかった隠れた銘店にエスコートしてくれた。いずれも言葉を失うレベルの美味。誰ともなく口を付いた、「これだったら太ってもいい!」というセリフ、今にして思えば心境に忠実な名言だったな。


そして、驚くべきはTwitterの力だ。この旅行中にフォロワーが5万人を超えた彼の元には、「仙台へ行きます」とツイートしただけで、あちこちから観光やグルメに関するレア情報が集まってくる。帰りがけに買い食いした「ひょうたん揚げ」などは、まさしくソーシャル情報の恩恵によるもの。旅の形もこうして少しずつ変わっていくのだろうか。


akunokyouten今年も某ミステリー誌の編集から「そろそろ年末のランキング投票に向け、気合入れて読書しといてくださいね!」と言われる時期になってきた。


ハズレのない作家、というのは意外と少ないものだが、貴志祐介は文句なしにその筆頭に数えられる書き手だろう。デビュー作の『黒い家』からして話題性は十分であったし、映画にもなった『青の炎』は刊行以降、ずっと僕の“生涯のベスト10”に居座り続けるミステリー作品だ。


その貴志祐介の新刊、『悪の教典』(上下巻)が素晴らしい。分厚い二分冊だがやはりフリークは多いようで、一読して仰天、感激、呆然とする読者の声が今、ネット上に溢れている。Twitterの普及で、こうした声がキャッチしやすくなったことも影響しているかもしれないが、多くの識者がこの作品を絶賛しているのもよく目につく。


インモラルな世界観がこの年末、実際にどこまで支持を集めることになるのか、今から楽しみだ。

KING友人O君の呼びかけで、この4月からバンド活動を始めた。三十路を過ぎてバンドなんて! …と、最初は懐疑的だったのだけど、いざ始めてみるとこれがなかなかしっくりいって、快調に走り始めている。


といっても、元々は素人集団もいいところだ。ギターこそ唯一プロ級の腕前だし、ヴォーカルも僕の知る限り一番カラオケの巧い奴だけど、ドラムは完全初心者からのスタート。ベースの僕にしたって、中学時代にちょこっと、本当にちょこっと弦を触ったことがある程度だ。


カラオケ遊びに延長線上と言えばそうだったのかもしれない。2週に1度、スタジオに集まってセッションして、その後は反省会と称して飲み明かす。その反省会の席では、1人ずつ持ち回りで次みんなで合わせたい曲を提案していく。レパートリーは間もなく5曲目に突入。なんだかんだと笑い合いながらやっているうちに、みんなけっこう上達してきた。とりわけ経験0から始めたドラムの心境は著しい。


メンバーはこれまで、マネージャーの皮をかぶったスーパーラッパー、K君を含めて5人だったのだが、ここへ来て歌舞伎町某店のナンバー1ホストのS君が、ツインギターで加入。たぶん、そう遠くないうちにライブ、やれるんじゃないだろうか。これは僕の人生において、思わぬサプライズだ。

CIMG2638ちょっと前に、『スラムダンク』の作者・井上雄彦氏によるスラムダンク奨学金が話題になった。かいつまんで言えば、将来有望な選手をアメリカにバスケ留学させるシステムで、こちらはすでに稼働している。


ボクシング業界でも、今月の専門誌に面白い取り組みを見つけた。人気ボクシング漫画『はじめの一歩』の作者である森川ジョージ氏が、作品の20周年を記念して、自身が運営するボクシングジムで特待生の募集をスタートしたのだ。


ボクシングジム経営が困難なこの時代にあって、これは資金力の活かし方として秀逸なアイデア。具体的には入会金や月会費を森川会長が全面負担。日本、東洋、世界とタイトルを駆け上がるためには、潤沢な資金に基づいてマッチメイクされるに越したことはないから、上を目指す者にとって好環境が整っている。また、現在『はじめの一歩』内で人気キャラとなっている「板垣学」などは、かつて在籍していた2人の選手名を組み合わせたもの。もしかすると、ボクシング漫画の金字塔ともいえる同作品中に、名を刻む機会にも恵まれるかも!?


ボクシング界の新たな試みとして、注目したい手法である。

sinnyaちょっと前のことだが、日本代表の試合を観戦がてら、酒を持ち寄ってマツナガPの家に集まった。他に、某ビジネス誌編集長のW氏、グラムメディアからU女史の計4人。


深夜になり、時間の流れがゆるやかになってきたところで、誰が言い出したのかお絵描き大会が始まった。いわば、見ないで描いてみようシリーズ。ドラえもんやらミッキーマウスやらオバQやら…etc。どれも当然、あがってくるのはなんだか得体のしれないキャラクターばかりで、年甲斐もなくキャッキャッと喜んでいた呑兵衛たちである。


次第にエスカレートし、年長者のW氏からは「じゃあ、それぞれ座右の銘を書いてみよう」とか、「今の気持ちを川柳にしてみよう」とか、最後はよくわからない方向に盛り上がっていたのだが、未明に宴はお開きに。


たまにはこんなのもいい。色ペンを使って紙に何かを描く作業って、いったい何年ぶりだっただろうか。脳のストレッチになった気がする。


kaneituuhou今度は3日ほど四国へ飛んでいた。主に香川に滞在していたので、以前からぜひ見物しておきたかった観音寺の「銭形砂絵」まで足を運んだ。これは文字通り、江戸時代の銭貨「寛永通宝」を模した巨大な砂絵である(写真ではわかりづらくて申し訳なし)。


近辺の案内板によれば、この砂絵が造られたのは1633年(寛永10年)。時の丸亀藩藩主、生駒高俊侯がこの地を訪れるのに合わせ、地元民が歓迎の意を込めて一夜で造りあげたもの、なのだそうだ。


単純な驚きがいくつかある。370年も前に造られた砂絵が今なお残っていること。370年も前に、これほど巨大な造形物を精緻に造り上げる技術があったこと(円周345メートル)。370年も残る物が、たった一夜にして造られたこと。


しかし、帰京してから調べてみたところ、寛永通宝が鋳造されたのは寛永13年(1636年)からであるため、この砂絵に関する伝承は誤りである、とも。それでも数百年単位で残っているのは事実なわけで、せめて“これを目にした人は一生お金に困らない”というご利益だけは事実であって欲しいなと、切に望む。


ちなみに観音寺市では、今春より地域通貨として寛永通宝の導入をスタートさせたという。街おこしとしても、とてもユニークな試みだ。

200公私ともに多大なお世話になっているK談社のM氏は、お酒とツチノコと同じくらいヨットが大好きだ。


いや、よくよく話を聞いてみると、これはもう“好き”なんてレベルではなく、編集者である自分を維持するための心の拠り所なのだという。夏になると、毎週のように三浦半島のマリーナに繰り出すM氏だが、僕もたまにご一緒させていただき、非日常を楽しませてもらっている。


M氏のヨット好きは、少年時代からのもの。それが自身でヨットを所有するほどになったのは、数年前、仕事に行き詰まりを感じたことがきっかけとか。「一時は本気で会社を辞めようとまで考えたけど、ヨットを買って、自分の本分はあくまでヨットマンだと思い込むことで、しんどかった時期を乗り切った」のだと振り返る。


なるほど。1本足より2本足、3本足のほうが安定するのは人生も同じ。人生の比重を傾けられるものは多いほうがいいわけだ。なんとなく、仕事の合間にクライアントの目を盗んでジム通いを続けていることに後ろめたさがあったけど、胸を張ってボクシングを続けよう。ボクシングは生涯スポーツになり得ることを、身を持って実証するのだ!


denderaせっかくなので、もうひとつ遠野取材からネタを。昨秋にも盛岡旅行のついでに遠野に立ち寄っているのだが、今回は最初から遠野市内で宿を押さえ、1泊2日をフルに界隈で過ごすことができた。


おかげで帰宿の段取りを気にすることなく遠野の地酒を楽しむことができたわけだが、酒場では地元の人から見所を教わる機会にも恵まれた。「五百羅漢」しかり、「続石」しかり(※この両スポットについては別ブログに多少メモしているのでご参照あれ)。


もうひとつ、とくに何があるわけでもないのだが、「でんでら野」が個人的に印象深い。のどかな畑の中に名称の書かれた杭が1本刺さっているだけの場所。ここは昔、60歳を過ぎた老人を“棄却”するための場所だったという。口減らしのために肉親から見捨てられた老人たちは、命枯れ果てるまでこの地でおとなしく過ごしたそうだが、岩手県という土地柄、冬場はさぞ苛烈な環境であったはず。


今回の取材で得た情報を総合すると、どうやらこうしたエピソードは必ずしも作り話ではないらしい。気候特性ゆえ、冬場はとくに食べ物に困った土地柄である。細かなディテールは異なれど、似たような行為は実際に行われていたようだ。そんな東北の暗部を微塵も感じさせない春の風景に、少々複雑な感情が胸に去来した。これも遠野での大切な思い出になりそう。


kappa20日、21日と取材で岩手県・遠野へ行ってきた。遠野といえばなんといっても河童が有名。数年前、東スポの一面で報じられた河童騒動を覚えている人も多いだろう。


しかし今回の取材の目的は、河童というよりその端緒となった柳田國男の『遠野物語』そのものにある。『遠野物語』は今年、めでたく発刊から100周年を迎えたのだ。『遠野物語』ゆかりの史跡をまわり、観光協会関係者の談話を拾い、語り部の訛りに耳を傾ける。それはそれは有意義で贅沢な取材行であった。


実は、「年内に仕事で遠野を訪ねる」というのは、昨年から立てていたささやかな目標だった。昨秋にも河童取材で訪れた地だが、節目の年に合わせ、今度は『遠野物語』にコミットしたいと考え、水面下で大小様々な企画を考案していた。


今回の取材の成果は7月1日発売の『文蔵』7月号で披露する予定。


0519長谷川穂積の衝撃的な敗戦により、消沈ムード漂う日本のボクシング界。唯一無二の絶対エースが冠を失ったショックは大きく、僕もマニア仲間とのヤケ酒で憂さを晴らしたものである。


こんなタイミングなので今一つ話題に挙がらずにいるが、今年から5月19日は「ボクシングの日」になった。この日付は、1952年(昭和27年)、日本に初めて世界チャンピオンが誕生した日なのだ。挑戦者・白井義男がチャンピオンのダド・マリノに判定勝ちし、世界のベルトをもたらした偉業は、戦後の打ちひしがれた日本人の心を大いに熱狂させたという。時の白井義男には、後楽園球場が埋まるほどの集客力があったというから、その人気のほどが窺える。


この日、ボクシングの聖地とされる後楽園ホールでは、ファン感謝イベントを開催。新人王戦やヘビー級のオープン戦などの公式試合のほか、子ども向けボクシング教室や女子ボクシングのエキシビションなど、複数のコンテンツが用意されている。進行は『WOWOWエキサイトマッチ』に出演していた中野知美さんが担当する模様。入場無料なので、お手すきの方はぜひ。


penki日夜、BRASHブロガーのリクルーティングに励んでいる我らがMプロデューサーのお手伝いで、事務所のペンキ塗り。そこそこ築年数が経っているため、自分で手を加えることを許されている物件なのだとか。


室内を広く見せるために壁面はホワイトを維持し、空間を引き締めるため天井をブラックで統一、トイレや玄関まわりの壁はお洒落にエクルベイジュでまとめるという、さすがのコーディネートプラン。


一室まるまる自力で塗り上げるというのは、なかなかの覚悟が必要だと思うが、こういうのもプロの塗装屋に頼めば10万、20万は簡単に飛んでいくのだろう。後学のために、このお手伝いは良い経験となった気がする。それになにより、実はこういうのも連休っぽいではないか。