いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
走つてゆくのは、自転車自転車
向ふの道を、走つてゆくのは
身体がおぼえていると言えば、“詩”というかたちで紡ぎだされる言葉こそ、まさにそういう類いのものだ。頭でどうこう後付けするのでなく、身体が知覚し、理解し、記憶する言葉。
日本人にとってわかりやすいのは五文字七文字の韻律だろう。五七五がそうであるように、身体的な語感の習得には、何よりもまず反復であり習慣、そして伝統の影響が大きい。けれども、それだけじゃない。何かを口にしたり、何かにつまずいたり、照りつける日差しがじりじりと肌を焼く感覚だったり、そういう個人的な些細な、一回限りの経験とともに、詩はよみがえってくる。圧倒的に。
個人的な韻律。こういうものは誰とも共有できないものかもしれない。
冒頭のフレーズは、中原中也の言葉。亡くなる直前に編まれた詩集『在りし日の歌』の中にある。
[photo: 聖護院, 2010]







Posted by cyabon at 2010年7月5日(月) PM8:44 | このコメントのURL
薄桃色の、風を切つて・・・
京都は夕焼けが美しいからいいですね。
Posted by 鞍田 崇 at 2010年7月6日(火) PM1:50 | このコメントのURL
* cyabon さん
ほんとは菜の花畑の春の歌なんですけどね。