桂離宮を訪れた事は何度もありますが、訪れる度に印象が変わります。
不思議な魅力です。
様々な媒体で桂離宮についてのコメントを見ることはありますが、ほとんどのコメントが「庭」にフィーチャーされています。
そんなコメントを読むと、僕は何とも理解し難い違和感を受ける事があります。
それはどう言う事かについて、これまでから朧げながらに感じていたひとつの解答を、今回の訪問で気づけたようです。
今回、僕が得た解答のひとつは、庭だけではなく、建築との互換し合う関係からなる一体の敷地であるという事です。
つまり、建築の存在しない庭だけでは、ここまで完成度を持った庭は完成しなかったということです。
桂離宮の敷地内に分布する様々な建築群が、庭を作り出す基準となり、それらを中心として庭が造り込まれていくというプロセスがあったからこそ、今日見る桂離宮の完成度を獲得したのでしょう。
勿論、庭について上記したことは、京都にある庭のほとんど全てに当てはまる事であると思います。
そして、今回訪問した目的の大きな理由として、現在GENETOが京都で取り組んでいるMRT-projectを含む3プロジェクトにとって、桂離宮を改めて見る必要性を感じたからです。
建築について、敷地内の配置について、建築と庭について、借景となる背景の眺望との関係について、これまでとは違った所に興味を持って見ることができました。
桂離宮の敷地内には、様々な素材が多様に駆使されています。
これは、現代の建築や庭とは異なる事です。
限定的に素材を使う事は、確かにクオリティが高く見える。
実際に入念なディテールの検討等、それなりの難易度が高い訳ですが、反面、このように様々な素材を複合する事の難易度も高い。
現代と過去という時代性や、実質的な工事費等、同じ尺度で測る事は出来ないまでも、現代的な表現方法として、如何に我々は桂離宮の空間を現代的に翻訳し、新たな空間の可能性を見つけ出すことができるかについて取り組む必要性があります。
何度も訪れている桂離宮ですが、訪れている時の自分が立ち向かっているテーマや、思考があればあるほど、吸収する内容が多く、訪れる価値が一層増す事を痛感しました。
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最初に取り組んでいるのは、まだ未発表のプロジェクトです。

カットすることで現れる断面に、構造フレームが入っていきます。
また、構造フレームの場所や形状を検討する為に制作した模型ですが、模型を見ているうちに色々な可能性について、気がつきます。
それぞれに与えられた敷地の予見を、我々は如何に読み解き、イノベートできるかについて、議論し模索していかなければなりません。